こんにちは、trans(トランス)です。
今回は、シクロヘキサノールの酸化からシクロヘキサノンを合成し、合成したシクロヘキサノンを求核付加反応によって、シクロヘキサノンオキシムする実験について解説いたします。
ちなにみ、今回の実験で合成したシクロヘキサノンオキシムからカプロラクタムを合成する実験については、「ベックマン転位によるシクロヘキサノンオキシムからカプロラクタムの合成」という記事で詳しく書いていますので、興味のある方は、そちらもご覧ください。
まず、酸化反応の章では、各物質の基本データ,有機反応での酸化やジョーンズ試薬などについて解説をいたします。
次に、求核付加反応の章では、求核付加反応によるイミンの生成について解説いたします。
最後に、実験操作の章では、塩析効果や本実験で注意するポイントなどを解説いたします。
実験の予習をやらなければいけないけど時間が無いという学生に向けて、予習の手間が省けるように、この記事を書いています。スマホを見ながら電車で予習することもできます。実験項目は某大学の実験テキストを参考にしています。
レベル的には、大学の学部生レベルを想定していますが、高校生も化学の発展的なことに興味があれば、読んでみてください。
それでは行きましょう!
1、酸化反応
書いていくうちに、内容が重くなってしまったので、さらに章を細分化しました。
1‐1、基本データ
まずは、今回の実験で酸化されるシクロヘキサノールと酸化後の物質であるシクロヘキサノンの基本データについて見ていきましょう。
まずは、シクロヘキサノールからです。
・化学式:C₆H₁₂O
・モル質量:100.16 g/mol
・沸点:161 ℃
・融点:23~25 ℃
・水に対する溶解度:4 g/100 mL(20 ℃)
・外観:無色液体又は針状晶
・構造式:
続いて、シクロヘキサノンです。
・化学式:C₆H₁₀O
・モル質量:98.15 g/mol
・沸点:155.6 ℃
・融点:ー16.4 ℃
・水に対する溶解度:0.0058 g/100 mL(25 ℃)
・外観:無色液体
・構造式:
1‐2、有機化合物の酸化
次に、有機反応で使用される酸化剤やその特徴について説明いたします。
まず、アルケンの酸化について説明いたします。
アルケンの酸化には、塩基性水溶液中の過マンガン酸カリウム(KMnO4)がよく用いられます。深紫色の過マンガン酸イオンは、塩基性溶水液中において茶色の二酸化マンガン(MnO2)に還元される性質を持つので、その性質を利用してアルケンを酸化します。
シクロヘキセンを例にとり、下に反応式を示します。
また、アルケンとKMnO4の反応を塩基性水溶液ではなく、酸性水溶液中で行うと、二重結合の開裂、すなわち酸化的開裂が起き、カルボニルを含む生成物が得られます。二重結合が四置換であれば、二つのカルボニルを含む生成物は共にケトンであります。もし、二重結合に水素が1個ついていれば、カルボニルを含む生成物の片側はカルボン酸となり、1つの炭素に水素が2つついていれば、CO2が生成します。過マンガンイオンは、酸性水溶液中において薄いピンク色のマンガンイオン(Mn2+)に還元される性質を持ちます。
3-メチル-1-ペンテンを例にとり、下に反応を示します。
CH₃-CH₂-C(CH₃)=CH-CH₃ + KMnO₄ + H₂SO₄ → CH₃-CH₂-C(CH₃)=O + CH₃COOH + K₂SO₄ + MnSO₄ + H₂O
さらに、酸化的開裂においてはオゾンも酸化剤として用いられます。オゾンは2電子を得て酸素になる性質があります。すなわち、還元されています。1-ブテンを例にとり、下に反応を示します。
H₃C-CH₂-CH=CH₂ + 2O₃ → H₃C-CH₂CHO + HCHO + 2O₂
次にアルデヒドの酸化について解説いたします。
Tollens試薬と呼ばれる希アンモニア水溶液中の銀イオン(Ag+)が、よく酸化剤として用いられます。これは、酸化が進むと銀が析出して銀鏡として確認される特徴が有名です(銀鏡反応)。
また、空気中の酸素(O2)もアルデヒドをカルボン酸に酸化できます。この反応は日光により進みます。
銀鏡反応,酸素による酸化についてベンズアルデヒドを例にとり下に反応を示します。
銀鏡反応:PhーCHO + 2[Ag(NH₃)₂]⁺ + 3OH⁻ → Ph-COO⁻ + 4NH₃ + 2H₂O + 2Ag
酸素による酸化:2Ph-CHO + O₂ → 2Ph-COOH
最後に、アルコールの酸化について説明いたします。
第一級アルコールをアルデヒドに酸化するには、ジクロロメタン溶液中でクロロクロム酸ピリジニウム(C₅H₆NCrO₃Cl、PCC)または、ニクロム酸ピリジニウム(PDC)をよく用います。PCCは弱酸性であるため、酸性に弱い基質に用いることができません。しかし、PDCは中性であるため酸性に弱い基質に対しても用いることができます。
PCCによる酸化反応を1-ヘプタノールを例にとり、下に反応を示します。
CH₃(CH₂)₆OH + C₅H₆NCrO₃Cl → CH₃(CH₂)₅CHO + C₅H₅N + CrH₂O₃ + HCl
第一級アルコールをカルボン酸に酸化するには、クロム化合物の三酸化クロム(CrO3)や二クロム酸ナトリウム(Na2Cr2O7)が、よく用いられます。これらの酸化の中間体はアルデヒドであるが、これらは非常に速く酸化されるので、普通単離することはできません。第二級アルコールは容易に酸化されてケトンになります。
特に、三酸化クロムと硫酸を混合したジョーンズ試薬を用いた酸化は、ジョーンズ酸化と呼ばれ、今回の実験で利用される酸化方法になります。
ということで、ジョーンズ酸化の説明に入っていきましょう。
1‐3、ジョーンズ酸化
まず、ジョーンズ試薬の調製法から見ていきましょう。
三酸化クロム(25 g,0.25 mol)を蒸留水75 mLで溶解し、氷浴中で冷やしながら、濃硫酸25 mLをゆっくりと、かき混ぜながら加えていきます。
溶液の温度は、0~5 ℃に保つようにしてください。これで、100 mLのジョーンズ試薬を調製することができるので、あとはスケールに合わせて倍率を調整してもらえればと思います。
ちなみにジョーンズ試薬の構造は以下の通りになっています。
二重結合と酸素が多数あって、いかにも酸化剤という感じですね(笑)。
引用:Jones reagent, CAS No.65272-70-0 – iChemical
ここからは、ジョーンズ試薬が、どのように作用してシクロヘキサノールをシクロヘキサノンに酸化しているか、反応機構を用いて、説明していきます。
まず、三酸化クロムが持つ酸素の非共有電子対が、水素イオンに攻撃を仕掛けます(上図左上)。
次に、シクロヘキサノールのヒドロキシ基が持つ酸素の非共有電子対が、三酸化クロムに攻撃を仕掛け、二重結合を1つ立ち上げます(上図中上)。
その後、ヒドロキシ基が持っていた水素が離脱し、より安定した形へと変化します(上図右上)。
そして、三酸化クロムが持っている酸素の非共有電子対が、水素イオンに攻撃を仕掛けます(上図左下)。
その後、水分子の酸素が持つ非共有電子対が、シクロヘキサノールのヒドロキシ基と結合していた炭素が持つ水素に攻撃を仕掛けます。その後、酸素と二重結合を作り、立ち上がり、四価のクロムとオキソニウムイオンが離脱します(上図中下)。
最後に、シクロヘキサノンが合成されます(上図右下)。
ここまでジョーンズ試薬によるシクロヘキサノールの酸化について反応機構を用いて説明してきましたが、実はクロムは二価、三価、四価、五価、六価と多くの価数をとり、さらに複雑な反応を示します。そこで、ここからはアルコール酸化時のクロムイオンの価数と色調変化の関係について説明していきます。
これ以降はクロム(Ⅵ)のような形で、各クロムの価数を表していきます。また、アルコールは慣用的にR₂CHーOHを用いて表すことにします。
まず、先ほど反応機構で示したような赤色のクロム(Ⅵ)は、アルコール酸化によって、黒色のクロム(Ⅳ)に変化します(式a)。
Cr(Ⅵ) + R₂CHーOH → Cr(Ⅳ) + R₂C=O + 2H⁺ …(a)
これにより生じたクロム(Ⅳ)は強力な酸化剤であり、さらにアルコールを1電子酸化して安定な黒緑色のクロム(Ⅲ)まで還元されます(式b)。
Cr(Ⅳ) + R₂CH-OH → Cr(Ⅲ) + R₂CH-O・⁺H …(b)
ここから生じたラジカルは残存のクロム(Ⅵ)によって酸化されて、ケトンとクロム(Ⅴ)を与えます(式c)。
Cr(Ⅵ) + R₂CH-O・⁺H → Cr(Ⅲ) + R₂C=O + 2H⁺ …(c)
また、式aで生じたクロム(Ⅳ)のアクア錯体が合成され、この錯体がアルコールを酸化してケトンを与え、自身は低酸化状態の黒色のクロム(Ⅱ)まで還元されることもあります(式d)。
Cr(Ⅳ) + R₂CH-OH → Cr(Ⅱ) + R₂C=O + 2H⁺ …(d)
この場合、生じたクロム(Ⅱ)は残存のクロム(Ⅵ)によって酸化されてクロム(Ⅲ)とクロム(Ⅴ)となります(式e)。
Cr(Ⅱ) + Cr(Ⅵ) → Cr(Ⅲ) + Cr(Ⅴ) …(e)
また、これらの反応以外にも、クロム(Ⅴ)によるアルコールの酸化(式f)や、クロム(Ⅴ)の不均化によるクロム(Ⅵ)とクロム(Ⅳ)の生成(式g)が起こっています。
Cr(Ⅴ) + R₂CH-OH → Cr(Ⅲ) + R₂C=O + 2H⁺ …(f)
2Cr(Ⅴ) → Cr(Ⅵ) + Cr(Ⅳ) …(g)
それぞれの式を、(a)×2+(b)+(c)+(d)×2+(e)×2+(f)+(g)とすると以下のような反応式になります。
5Cr(Ⅵ) + 3Cr(Ⅴ) + 3Cr(Ⅳ) + 2Cr(Ⅱ) + 6R₂CH-OH → 3Cr(Ⅴ) + 3Cr(Ⅳ) + Cr(Ⅵ) + 4Cr(Ⅲ) +2Cr(Ⅱ) + 6R₂C=O + 12H⁺
これを両辺の同じものを方程式のように削除し、4で割ると以下のようになります。
Cr(Ⅵ) + 1.5R₂CH-OH → Cr(Ⅲ) + 1.5R₂C=O + 3H⁺
すなわち、1モルのジョーンズ試薬(酸化クロム(Ⅵ))で理論的には、1.5モルのアルコールを酸化することができ、最終的には酸化クロム(Ⅲ)になるということが分かります。
また、色調変化においては、赤色のクロム(Ⅵ)から黒色のクロム(Ⅳ)やクロム(Ⅱ)、最終的には黒緑色のクロム(Ⅲ)という変化をします。
1‐4、シクロヘキサノンの解析
ここからはシクロヘキサノールの酸化で得られたシクロヘキサノンの解析について見ていきましょう。
まず、収率について解説していきます。
秤量したシクロヘキサノールの物質量をシクロヘキサノンのモル質量にかけれることで理論収量を求めることができ、その値を収量で割って、100をかけると収率を求めることができます。
例えば、5 gのシクロヘキサノールを酸化したとすると、理論収量は、(5/100.16)×98.15 ≒ 4.9 gと求めることができ、(収量/4.9)×100で収率を求めることができます。
また、ガスクロマトグラフィーによってシクロヘキサノンの純度を求めることができます。
具体的には、ピークの総面積をシクロヘキサノンのピーク面積で割り、100をかけることで求めることができます。
ちなにみ、ガスクロマトグラフィーについては、「エステル化を用いた無水エタノールと酢酸による酢酸エチルの合成」という記事で詳しく書いていますので、興味のある方は、そちらもご覧ください。
また、IRスペクトルデータにより、酸化前のシクロヘキサノールと酸化後のシクロヘキサノンを比較すると、シクロヘキサノールにのみヒドロキシ基(OーH)の特徴を持つピークが見られ、シクロヘキサノンにのみカルボニル基(C=O)の特徴を持つピークが見られることからも、酸化反応を確認することができます。
2、求核付加反応
シクロヘキサノールを酸化することで得られたシクロヘキサノンですが、これを更にヒドロキシアミンと求核付加反応することによって、イミン誘導体であるシクロヘキサノンオキシムに合成していきます。
”イミン”というキーワードが出てきたので、”移民”の多いアメリカの象徴でもある自由の女神を、この記事の画像にしています(笑)。
では気を取り直して、アルデヒドやケトンの求核付加反応によるイミンの生成について説明していきます。
第一級アミン(本実験では塩酸ヒドロキシルアミン)の窒素原子は、非共有電子対を持ち、カルボニル炭素すなわち、アルデヒドやケトン(本実験ではシクロヘキサノン)に対して、窒素系の求核試薬として働きます。
付加体のヒドロキシルアミノ型は、不安定で、弱い酸性条件下(本実験では緩衝溶液が調製されているためpH4~6と予想される)で自然に脱水し、シッフ塩基と一般に呼ばれているイミンを生成します。
具体的なイメージのために、今回の実験で行っているシクロヘキサノンからシクロヘキサノンオキシムへの求核付加反応の反応機構を見ていきましょう。
まず、ヒドロキシルアミンの窒素が持つ非共有電子対が、カルボニル基の炭素に攻撃を仕掛け、立ち上がります(上図左上)。
その後、立ち上がった酸素がヒドロキシルアミンが持つ水素に攻撃を仕掛けます(上図中上)。
次に、カルボニル基の酸素が持つ非共有電子対が水素に攻撃を仕掛けます(上図右上)。
そして、ヒドロキシルアミンの窒素が持つ非共有電子対が二重結合を形成し、カルボニル基の酸素が水分子となって離脱します(上図左下)。
最後に、水分子の酸素が持つ非共有電子対が、水素に攻撃を仕掛けることで水素が外れ、シクロヘキサノンオキシムを得ることができます(上図中下→右下)。
3、実験操作
今回の実験では、ジョーンズ酸化を行った後に、イソプロピルアルコールを加える操作があります。
まずは、この理由から解説していきます。
これは、過剰に加えたジョーンズ試薬をイソプロピルアルコールと酸化反応させることにより消費するためです。これにより反応を止めることができます。
イソプロピルアルコールは第二級アルコールであり、酸化されるとアセトンになります。アセトンは揮発性が高く、ジョーンズ酸化はアセトン条件下で行っているので混在しても問題ありません。
今回の実験ではジョーンズ酸化後に溶媒(液ー液)抽出によって洗浄を行っています。
このとき、水ではなく、飽和食塩水が使用されます。
次は、この理由について説明いたします。
理由は、3つあります。
1つ目は、水層の比重を大きくして、有機層と水層を分離しやすくするためです。このことにより、分離速度が上がり、効率よく実験を進めることができます。
2つ目は、通常の水を用いると、抽出溶媒で用いられているジエチルエーテルの水に対する溶解度が、7.5(g/100mL)と比較的大きいため、水に溶解してしまいます。これを防ぐために用いられます。具体的には、電解質を加えて飽和させることにより、溶解度が減少して他の物質(本実験ではジエチルエーテル)が析出する性質、すなわち塩析効果を利用しています。これにより、ジエチルエーテルは有機層に移動しやすくなります。
3つ目は、飽和食塩水は、イオンを多く含むため水分子を取り込みやすい状態であるため、有機層に含まれる水分子を水層側に引き込みやすくなる性質を利用するためです。
溶媒(液ー液)抽出については、「エステル化を用いた無水エタノールと酢酸による酢酸エチルの合成」という記事で詳しく書いていますので、興味のある方は、そちらもご覧ください。
4、~まとめ~
いかがでしたか?
今回は、シクロヘキサノールの酸化からシクロヘキサノンを合成し、合成したシクロヘキサノンを求核付加反応によって、シクロヘキサノンオキシムする実験について、酸化反応,求核付加反応,実験操作という3つのキーワードから説明しました。どの章も重要なのでしっかりと抑えておきましょう。
また、参考文献は以下の通りになります。
1、Bowden, K.; Heilbron, I. M.; Jones, E. R. H. J. Chem. Soc. 1946, 39.
最後になりますが、参考文献以外はコピペ厳禁です。バレます。気を付けてください。自分で理解してまとめてください。
また、完全に情報を網羅しきれていないと思いますので、質問等ありましたら、下のコメント欄にコメントお願いします。
今回の記事は以上になります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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